エンザロ・ドリームライブラリー

2004年9月にケニア西部で始まったエンザロ村図書館(エンザロ・ドリームライブラリー)には、現在週6日通ってきてくれる司書がいます。名前は、ピーター・インブーカさん。

ピータースマイル
ピーターさんは、時々レポートを送ってくれます。たとえば2015年3月のレポートには、3月中の利用者はのべ798人。内訳は幼児272人、小学生268人、中学生123人、おとな135人とのこと。交通が不便なところにあるのですが、多くの方に利用してもらっています。

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近くに図書館がないので、かなり遠くからも通ってくる人たちがいます。また前に診療所があるので、診察などに来た人が立ち寄ることも。お医者さんが病気の説明をするのに、絵入りの百科事典も便利に使っておいでです。おとなは新聞を読むのが目当ての方も多いようです。
現地での運営は岸田袈裟さん(『エンザロ村のかまど』の主人公)を中心とする日本のNGO「少年ケニヤの友」がやってくださっていましたが、岸田さんが亡くなり、今は日本人スタッフもケニアから引き揚げられています。そこで現地からの情報は、NGO「少年ケニヤの友」から引き継いだ現地NGOのドレスチコが送ってくださっています。

ピーターさんは、面倒見がよくて、外でどろんこになって遊んで来た子がいると、手を洗うように言ったり、図書館のまわりに花を植えたり、とよく働いてくださっています。

図書の数は、開館当初の600冊から、今は3倍の1800冊以上に増えています。教科書は、大統領が替わって無償配布の立て前にはなったのですが、まだまだエンザロ村には教科書を持っていない子もいるので、図書館には教科書も入っています。

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▼▼▼旧HP これまでの活動 2004 より転載

「エンザロ村図書館」Enzaro Dream Libraryがオープン
日本の児童書関係者たちと「NGO少年ケニヤの友」の協力により、ケニアの西ビヒガ県にあるエンザロ村に子どものための図書館がオープンしました。英語の児童書の収集や購入、図書の整理や分類などの準備を進め、4人のボランティアスタッフが現地入り。日本から送ったり持参したりした本と、現地で購入したスワヒリ語の本を合わせ、600冊が棚に並びました。9月12日の開館日には、村長さんはじめ村のみんなが集まって、楽しくて心のこもったセレモニーを催してくれました。(この時のレポートはこちら)。

 

▼▼▼旧HP これまでの活動 2004 リンク転載

エンザロ村図書館レポート  2004.10.20

(さくまが編集して寄付金・寄贈本を下さった方々に配布したもの。まだ「アフリカ子どもの本プロジェクトは正式に発足していない段階のレポートです。はさくまゆみこ記、は福本友美子、広松由希子、母袋秀典記。このページのイラストは母袋秀典です。)
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◆そもそものはじまり
そもそものはじまりは、4年前のことです。ケニアに30年以上も暮らしてユニークな援助の活動をしている岸田袈裟さんに会うためにエンザロ村まで出かけていった私(さくま)は、周辺の小学校にも足をのばして先生の話をうかがったりしていました。いちばん最初に見学させてもらったエナンガ小学校で「図書室はありますか」と素朴な質問をしたところ、校長先生が「こっちです」と案内してくださいました。ところがそれは普通の事務用ロッカーで、中にあったのはほとんどが試験の用紙や子どもの作文。あいだに教科書がほんの数冊はさまっていました。
その後教室を見せていただくと、教科書を持っている子はクラスに2、3人しかいません。ここはケニアの中でも貧しい地域で、日本とちがって教科書は自分で買わなければならないため、ほとんどの子どもが本はおろか教科書も買えないという状態なのでした。
日本に帰ってからエンザロ周辺の3つの学校に、英語で出版された本をお礼として送りました。でも、1校からは「ありがとう」という手紙が来たものの、もう1校からの手紙には「税金がかけられたので、郵便局から引き取ることができません」と書かれていました。あとの1校にはなぜか荷物が届かなかったようでした。
今年になって福音館書店から「たくさんのふしぎ」の2月号として『エンザロ村のかまど』が発行されました。沢田としきさんが絵を描き、私が文章を書いたノンフィクション絵本です。それを帰国していた岸田さんに見せて、英語版を自分たちでつくってエンザロの子どもたちに見せたいと思っていることや、小学校に本を送った話をしているときに、岸田さんがとつぜん言いました。「じゃあ、村に図書館をつくりましょう。建物は私が建てたのがあるから、本を集めてね」
 岸田さんはすばらしいアイディアとそれに伴う実行力を持った人です。話しているうちに図書館の名前はENZARO DREAM LIBRARY、オープニングは9月ということまで決まっていました。私たちの頭の中ではその日から図書館構想が現実のものとなり、周りの人に「いらない英語の本があったらちょうだい」と声をかけることが始まったのです。
(左上は『エンザロ村のかまど』の英語版。翻訳は山口マリアンヌさんに手伝っていただき、沢田としき、沢田節子、沢田藍子、福本友美子、広松由希子、福井恵樹、作間真彩、そして私のボランティア7名がかりで12時間かかって英文を貼り込み、30冊つくりました。)(さくま記)

◆思いがけないほどたくさんの本
8月末までに知人、友人からどんどん本が送られてきて、私たちの手元には280冊ほどの英語の本が集まっていました。ほとんどが新品同様の、内容的にもとてもすぐれた本でした。ほかに80冊ほど船便で送ってくれた方がいました。今回実際にエンザロ村に出かけていったのは、福本さん、広松さん、母袋君、それに私の4人です。福本さんと私は一足先にケープタウンで行われたIBBY大会に出席したのですが、ケープタウンでも何人かの方々が持っていた本や買った本を寄贈して下さいました。

本の寄贈者(敬称略)
河本祐里(岩崎書店)、神田侑子(講談社)、木村美津穂(ほるぷ出版)、児島なおみ(画家)、さくまゆみこ(翻訳家)、沢田としき(画家)、塩見亮(講談社)、島岡理恵子(岩崎書店)、島野彩子(大学院生)、庄司絵里子(福音館書店)、鈴木真紀(光村教育図書)、田中美保子(翻訳家)、轟雅彦(光村教育図書)、長澤立子(日本ユニ・エージェンシー)、西山普子(塾経営)、灰島かり(翻訳家)、張替恵子(東京子ども図書館)、広松由希子(学芸員)、福本友美子(司書)、藤田知穂(フレーベル館)、前沢明枝(大学教員)、松岡由紀(岩崎書店)、松倉公子(偕成社)、松本亜紀子(すえもりブックス)、母袋秀典(イラストレーター)、矢作春菜(偕成社)、山口マリアンヌ(画家)、渡辺順子(教育者)、キャサリン・パターソン(作家)の、29名です。

 また、ケニアで活動している岸田さんや、岸田さんが所属するNGO「少年ケニアの友」、札幌のロータリークラブが、スワヒリ語の本や現地で出版されている英語の本を購入してくださいました。そのため、合わせて600冊以上の本がエンザロ村図書館に並ぶことになりました。本棚は村の人たちが用意しました。
オープニング当日に並んだ本は、物語絵本と幼年童話が162冊、小学校中学年以上の童話136冊、文字・数・認識の本43冊、詩の本13冊、自然科学の本32冊、社会科学の本50冊、芸術・スポーツの本18冊、辞典・参考書9冊、スワヒリ語の本56冊、教科書11冊、布の絵本2冊で、ほかにチャートやポスターなどがありました。(さくま記)

◆ちゃんと届きました
寄贈された本は、確実に届けたかったので、最初は全部持っていこうと思っていました。しかし制限重量を超える荷物に課せられる料金が意外に高額だということがわかり、最終的には「郵袋航空印刷物」という比較的安い料金で送れる方法を見つけ、それを利用しました。この方法だと郵袋という大きな袋に入れてまとめて送ってくれるので確実でもあり、オープニングの日には送ったすべての本が届いていました。本の輸送等に関して寄付金を寄せられた方々のお名前を挙げておきます。

寄付金を寄せられた方(敬称略)
阿部博(レターボックス社)、伊藤薫(ジャーナリスト)、河本祐里、木村美津穂、児島なおみ、塩見亮、島岡理恵子、鈴木真紀、竹下宣子(評論社)、千葉美香(偕成社)、西山普子、野坂悦子(翻訳家)、灰島かり、藤田千穂、松浦聖子(編集者)、松岡由紀、松倉公子??以上17名の方々から合計86,000円のご寄付をいただきました。

寄付金に対する支出は以下のとおりです。
郵袋航空印刷物料金(8月15日、8月25日の2回分)59,800円(新宿郵便局)
ケープタウンで購入した児童書13冊分       15,984円(R887.95)
結果として現在10,216円が余っています。なぜかというと、ケープタウンで出会ったケニアの出版社フェニックス社のムシシさんという方に、スワヒリ語の本を16冊注文していました。ムシシさんは元図書館員で、お住まいもエンザロから遠くないとのことで、図書館のオープニングの日にはその16冊を持ってきてくれると約束して下さいました。しかし、ムシシさんは現れませんでした。きっとお気持ちはあっても、交通手段などの関係でおいでになれなかったのでしょう。なので、その分のお金が余ってしまったのです。
 この余ったお金の一部で、沢田としきさんに不足分のシールをつくっていただきます。沢田としき・節子さんご夫妻は、本以外にもすでに大量のシールとENZARO DREAM LIBRARYロゴ入りTシャツ11枚を寄付してくださっています。また通信費があと少しかかりますが、残りはエンザロ村図書館で教科書をもっと買うための費用にあてたいと思います。ご了承ください。 (上は、沢田さんがつくった3種類のシール。どの本にも1つずつ貼ってあります。)(さくま記)

◆オープニングの日
9月12日(日)がいよいよ図書館のオープニングです。前日は、福本さん指揮のもと、みんなで本にラベルを貼ったり、本のリストをつくったりするのに深夜までかかりました。途中で停電になったこともあり、なかなか大変でした。
何とか準備も間に合って、12日は朝からエンザロ村へと出かけていったところ、村人や子どもたちが大勢集まっていました。そして着くなり村長さんがやってきて、「式次第はこうなっています」と手書きのメモを渡されました。
 それを見て、びっくり。私たちはあとは本を並べればいいだけだと軽く考えていたのに、大変りっぱな式が執り行われることになっていたのです。まず最初は図書館のテープカット、次に記念植樹、それからお祈り、子どもたち(エナンガ小学校と、マサナ小学校と、ほとんどがエイズ孤児だという保育園の子どもたち)の詩の朗読や歌や踊り、校長先生たちや村長さんや有力者のあいさつ、それから日本から来た者の代表として私のあいさつ(こんなことさせられるなんて聞いてなかった!)……というしだい。
最初は堅苦しい雰囲気だったのですが、村長さんに促されて私たちが子どもたちの踊りに加わると、その踊りが下手でおかしいとみんなが笑い始め、とてもなごやかな雰囲気になりました。また式の最後に福本さんが布の絵本をつかって読み聞かせをし、広松さんが日本の指遊びをおしえたりしたことも大いに功を奏して、村の子どもたちと私たちとの間の距離が一挙に縮まりました。(さくま記)

◆図書館を子どもたちが楽しめる空間に
岸田さんが用意してくれた建物は2つに分かれていて、右側は日常品を売るキオスク、左側が図書館です。外側はレンガ、中側はコンクリートで、雨がもることもなくしっかりしています。ドアはすでに青い色に塗られていましたが、ここに絵を描くのは母袋君の役目です。売っているペンキの種類が少なかったので、限られた色しか使えませんでしたが、描いているうちに子どもたちが集まってきて興味しんしんで見ていました。2日目のときには、絵が好きな一人の青年が「自分にもやらせてほしい」と言って母袋君の助手をつとめ、2人の合作ですてきな絵ができあがりました。
また図書のほかに教材にもなるチャートやポスター、動物のぬいぐるみや指人形やおもちゃなどの寄贈もあったので、壁や棚をそういったもので飾り、なかなか楽しい空間になりました。子どもがすわるベンチ、ストーリーテリングなどのときに下に敷くござなどは、「少年ケニヤの友」で購入してくれることになったので、今後は今以上にすてきな図書館になると思います。(さくま記)

◆図書館の運営は?
 村長さんたちと図書館の運営について話し合いました。専任スタッフを雇うお金はないのですが、工夫してなるべく多く利用してほしいと思ったからです。その結果、平日は学校や保育園、幼稚園のクラス単位で利用してもらうことになりました。利用希望があるたびに、となりの建物で執務している村長さんか議員のアリンゴさんがカギをあけて、図書の管理や利用については引率の先生に責任をもってもらうのです。そして土曜日と日曜日の午前中は、マーグレットさん(写真)という幼稚園の先生がボランティアで図書館員をしてくださることになりました。さらに毎月第一土曜日午後は「少年ケニヤの友」のスタッフが出かけていくので、この日は一日中開館していることになります。「少年ケニヤの友」のスタッフは、利用状況の調査や、本棚や本の修理もしてくれます。
図書の貸出も考えたのですが、学校付属の図書館ではなく、どこのだれが来るかわからないという状況なので、とりあえずは図書館の中でだけ本を読んでもらうことにしました。(さくま記)
*現在の図書館の状態については、こちらをご覧下さい。

◆子どもたちに夢と広い視野を
ケニアばかりでなくアフリカの多くの国がさまざまな問題を抱えています。日本のメディアでも、飢餓(ケニアは今年干ばつで、大統領は緊急国際援助を訴えています)、HIV、内戦などがしょっちゅう報道されています。私も以前は、本より食べ物、本より薬のほうが大事だと思っていたのですが、最近は「よく生きる」ということを長いスパンで考えると、本や物語も食べ物や薬と同じくらい大事なのではないかと思い始めています。
もう一つ考えたのは、口承の物語と文字で書かれた図書との関係です。おじいさん、おばあさんが子どもたちにお話をしているような地域であれば、文字で書かれた本がなくてもいいかもしれません。けれども4年前にエンザロ村を訪れて聞いてまわったところ、昔話を知っていて子どもに話して聞かせるようなお年寄りは意外に少なかったのです。親の世代が、出稼ぎに行ったりエイズなどの病気でなくなっていたりするので、祖父母の世代にもそれだけのゆとりがなくなっているのかもしれません。そんなわけで、この地域で、子どもの図書館が果たす役割が大きいのではないかと考えたのでした。
本やお金を寄せられた方々、本当にありがとうございました。村の人たちや子どもたちからもらった笑顔と元気を、みなさんにも分けて差し上げたい思いでいっぱいです。そのあたりについてはほかの方たちが書いているので、そちらをお読みください。(さくま記)


車の窓から岩がちの丘が見え始め、エンザロ村に来ましたよ、と言われると、初めての場所なのに何か懐かしい気持がしました。『エンザロ村のかまど』でなじんでいた風景だからかもしれません。今回岸田さんのご尽力でエンザロ村に図書館が建てられたと聞いていたものの、一体どんな所なのか想像もできませんでした。日本の仲間たちから集まった本を含め500冊を越える図書を分類したり、カラーテープを貼ったりの作業も、本当にこれが役にたつのかしらと不安でした。
けれども図書館の扉が開いて、子どもたちが争うように本を手に取る様子を見ると、すべての懸念がふきとびました。子どもたちは物怖じすることなく本に突進し、次々に手に取ってページをめくっていました。これ見て!と友だちにすすめる子もいれば、皆に押されながら隅でひとりで食い入るように読んでいる子もいます。学校の先生たちが、教科書を手にして早速メモを取る姿も印象に残りました。絵本の読み聞かせを始めると、すぐに子どもたちのキラキラ光る目に囲まれ、お話の展開に息をのんだり、くすくす笑う様子は日本の子どもたちと全く変わりませんでした。
私は図書館員としてスタートしてから長年子どもの本に関わり、「すべての子どもに本を」と願ってきた者ですが、今回はまさしくその原点に立ち返った思いがします。貴重な機会を与えてくださった岸田さんとさくまさんに心より感謝申し上げます。帰国後も、あの小さな図書館と子どもたちの笑顔が頭から離れません。これからも微力ながらお手伝いを続けたいと思っています。 (福本友美子記)
*写真は、左から母袋、広松、マーグレットさん、オヤンド村長、福本、アリンゴさん、さくま、「少年ケニヤの友」の風間さん

電気もガスも水道もない、ケニアの小さな村に「子ども図書館」を作ると聞いても、行く前はイメージできませんでした。はたして暮らしにとけ込んでくれるのかしら……でも、そんな不安は、子どもたちに会って消し飛んでしまいました。
まず、真っ青な空の下での、心づくしのオープニングセレモニー。子どもたちの一生懸命な様子に、胸がいっぱいに。いつしか私たちも踊りの輪に入り、これがたいそうウケました。歌と踊りと遊びと絵本、そして笑顔で、心が開かれ、つながれるのを実感しました。
図書館には、ちょっとかしいだ、手作りの青い本棚がちゃんとできていました。小学生は、英語の読み聞かせをとてもよろこんで、まっすぐな目で「もっともっと」「これも読んで」と、おし合いへし合いせがんできます。最初は遠巻きに見ていた子たちも、やがて本を持つこちらの腕にぺたぺた触り始め、しまいにはもみくちゃになりました。中には、そんな騒ぎをよそに一人で本の世界に没頭する、天性の本好きと思える子もいました。
幼稚園の先生の全身を使った語りも、感動的でした。古いカレンダー1枚(ここでは貴重なもの!)に子どもたちをひきつけ、無限に話を膨らませられるのです。ここにおさめられた絵本たちも、きっと自由にのびのびと生かされていくだろうと確信しました。
たくさんの発見とエネルギーをもらえた旅でした。このような機会をくださった方々とケニアで出会えた人々、子どもたちに、心から感謝しています。好奇心いっぱいの目、なつっこい笑顔に会いに、もう、また行きたくなっています。 (広松由希子記)

ペシャンコになったリュックサックを片付けていると、出発前絵本でいっぱいになっていたことが懐かしく思い出されます。エンザロ村は、大きな岩のゴロゴロする低い山の中にあり、ずいぶんワイルドな道を走って到着しました。遠くまで来たものでしたが、本を見つめる子どもの姿を見つけると、心から「ありがとう」と思います。まるで、あべこべのようですが、不思議とそんな思いが湧いてくるんです。子どもたちへの読み聞かせでは、現地の先生も参加されてとても素晴らしい時間だったと思います。きっと、これからの図書館には大きな希望になるでしょう。子どもたちは本当に美しいのです。一心に絵本に向けられた姿を見ていると、涙がこぼれて困りました。エンザロ図書館は、これからの子どもたちに大きな夢を宿してゆくことでしょう。ご協力してくださった方々、心から感謝を申しあげます。心と心が世界で結ばれてゆきますように! (母袋秀典記)